佐伯一麦『ショート・サーキット』

この講談社文芸文庫の『ショート・サーキット』は、一冊目『雛の棲家』、二冊目『ショート・サーキット』、五冊目『木の一族』から適宜選んで加筆・再編集したもの。純然たる私小説が、時系列に沿って編まれている。

『木の一族』を既に読んでいた私には懐かしい、再読する部分もあったわけだ。(「古河」「木の一族」)加えて、佐伯さんの文体は、記憶を二重三重にも行きつ戻りつ進むので、いくつかのエピソードについて読者は何度も反復する機会が与えられる。様々な出来事を反芻するたびに、私は懐かしい思いがする。

佐伯さんは仙台市で生まれ育ち、二十歳になる前に東京に働きに出た。
私は東京で生まれ、中学二年から仙台で育ったので、佐伯さんの作品に出てくる場所にはいっそう親しみを感ずる。(しかも実は出身高校も同じ、当時の趣味もアマチュア無線なのである。)

そういうわけで、私は、東京で電気工事をしている佐伯さんの姿を、従兄弟でもあるかのように頭に思い描いて想像している。

さて、『ショート・サーキット』には、配電盤を工場で作る佐伯さんの写真が載っている。ぜひ皆さんに見ていただきたい。古河市在住の頃は、こういう仕事をなさっていたわけだ。
剥き出しの電線を操る幾何学。先んずる設計。そして、無理やりに時間を作って、文章を編む。

働く人たちに共通する苦しみと喜びが、作品の中に詠われているが、その作品自体は別の時間を捻出して書かれている。

サラリーマンが主人公であるような私小説、これを書くのは、とてつもないことなのだ。

ショート・サーキット (講談社文芸文庫)

ショート・サーキット (講談社文芸文庫)